愛知県安城市和泉町周辺には、天明の飢饉(1782~1785年)の頃、貧困から逃れるために編み出された、全国に類をみない独特の手延麺の技法が現在も受け継がれています。江戸時代から続く、この手延技法によって作られる麺の特徴は、こねた小麦粉を細く、一本にして、延ばし続けることです。その長さは「一丈麺」の名の通り、一丈(約3m)にもおよびます。
和泉式古式手延麺工場「和泉そうめん丈山の里」では、夜更けにあかりが灯ります。まず独自の配合でブレンドした小麦粉に、塩水を加えた「こね」の工程です。より美味しい手延麺を作るため、その日の天候や気温によって、塩の量と加水率を微妙に変えるという、隠れた職人技です。
「こね」が終わった生地は熟成を重ね、板状に延ばします。その後、丸状に加工し、ぐるぐると円を描きながらタライに収めていきます。円を描くのがポイントで、その後「かけば」の工程で滑車のロープのように、麺が巻き上げられていく際に、ひねりがかかります。このひねりによって、独特のコシが生まれます。
「かけば」の工程では、麺を2本の女竹(棒)に8の字を描くようにあやがけし、室箱に入れて熟成させます。さらにそれを手で延ばす「こびき」の工程の後、再び熟成させ「かどぼし」の工程でさらに細く長く延ばしていきます。手延麺の要である「こびき」「かどぼし」は、職人の経験による力加減がポイントです。麺は一気に延ばすことはできず、調子を確認しながら時間をかけて延ばしていきます。度重なる熟成によって麺に粘りが出て、美味しくなります。それを乾燥させれば乾麺の完成です。
また、乾燥の後に加湿をする、和泉古式手延麺ならではの「半生もどし」は、乾燥した麺を再び半生の状態にするものです。これはその昔、天日干ししていた麺が夕方に吹く湿気を含んだ三河の東南の風、通称「そうめんの風」によって柔らかく、絹衣のような風合いになったことに由来します。
最後は人の手で麺をまとめて計量し、人の目で品質チェックしながら包装します。機械化が進む工場ですが、手延麺はどの工程に必ず人の手と目が入ります。それにより、夜更けから始まり、全ての作業が終わるのは夕方です。分業ではなくチームですべての工程を手がけるため、「責任感」が生まれます。こうして和泉の歴史や職人のこだわりまで練りこまれた手延麺が、今日も作られています。